Moonlight scenery

     The strange visitor.
 


フランスならば、ベルサイユ宮殿の前庭の、見事な幾何学整地、見事なシンメトリー。
若しくは、ロココ調の離宮や泉水の散らばる優雅な庭園か。
イギリスだったら、古きよき時代ことオールドイングランドの象徴、
ヒースの丘や牧草地広がる田園風景…なんてものを想定してしまうのは、
あまりにステレオタイプな固定観念というものだろか。

  ―― そして、そういうのを持って来るとしたならば

こちらさんのお庭は、
その昔むかし、縁があったらしきトルコ王朝調というところだろうか。
いわゆる“パティオ”を思わせる、
刈り込まれた茂みにシンプルながらも涼しげな泉水、
直線的な水路に、アーチと支柱列の整然とした佇まいが格調高い、離宮の数々。
赤レンガを思わせる、淡い色合いのテラコッタの敷石を辿れば、
オリーブやオレンジの木立が連なる小道へと導かれ。
まだ春の内だというに、すっかりと青さを増した地中海の空が、
若葉をまとわす梢の隙間から仰げる爽快さは格別で………って、


  「そこのおっさん、危ねぇぞ〜〜〜。」
  「ああ?    どわっっ!!」


不意にかけられた声に、
言葉の意味より何処から聞こえた誰の声だろかいと、
辺りをきょろきょろ見回したその途端。
背後から“どーんっ☆”と、思い切り突っ込んで来た何かに突き飛ばされた格好で。
前方に広がっていた、浅いプールのような方形の泉の方へと飛ばされた。
唐突な襲撃だってだけでも避け難く、まともな対応なんて出来ようはずもなく。
そのままザブンと落っこちるのがセオリーのはずが、

 「何しやがんだ、ごぉらっ!」
 「おや、落ちなかったのな。」

突き飛ばされたそのままではおらず、
頭から落ちかかったその泉水の縁を引っ掴み、
見事な倒立へと持ってゆくと、
その体勢のまま襲撃者へと物申すした人物も相当なものだったが。
そんな人物へと、偉い偉いと感心するような言いようをした、
不埒な襲撃犯というのが、こちらもまた相当な存在だったものだから、

 「………はい?」

突き飛ばされた側の誰かさんが、逆立ちしたまま唖然としたのもまた無理はない。
何せ、どこのアニメの主人公ですかというようなシチュエーション。
白の地にグレーのぶちがお耳と体にふんわり滲む、
ふっかふかな毛並みの大型犬の背に、ようよう跨がっていたのが一人の少年。

 「それって、オールドイングリッシュ・シープドッグとか言うんだよな。」
 「おお、そうらしいぞ♪」

確かに大型犬ではあるけれど、
本来、よほどに幼い子供でなけりゃあ背中へ乗っかれはしなかろう。
犬が随分と規格外な大きさなのもあったけれど、
屈託のない笑顔でそれへ跨がっている少年というのも、違和感いっぱいな存在で。

 「もっとガキならともかくよ。
  お前ほどの年の子が、わんこに跨がろうと思うもんか?」

そうそう。
重くて無理だろとか可哀想だと思うか、
そもそも“乗っかろう”と思うことさえない筈で…というの、匂わせたものの、

 「そっか? メリーは力持ちだし、何もずっと乗っかってるわけじゃあないし。」

言いつつぴょいっと降り立った黒髪の坊やは、
傍らのわんこがあまりに大きいこともあって、一体幾つなのかが測りかねる風貌で。
小柄だし童顔なのではあろうが、
だからといって小学生ほど幼いということはなさそうで。
タンクトップ風に随分と襟ぐりが深くえぐれたシャツの上、
古着屋から掘り出して来ました風のベストを重ねて羽織り、
ボトムは膝下丈のワークパンツに、足元はサンダルというざっかけのなさ。

 「ところで、おっさん。」
 「なんだ。」
 「いつまで逆立ちしてるんだ?」
 「…そっちかい。」

てっきり“何物だ”と訊かれるかと思っていたので、
ちょこっと拍子抜けしたらしく、
片方の肘がかくりと曲がっての傾きかかったその人物は、

 「こうなった原因がそれを言うかね。」

そもそもはお前とその犬に突き飛ばされたから こうなっとるんだろうがと、
むむうと目許を尖らせたものの、お顔も逆さまだと迫力も薄い。
方形の泉の縁をつかんでの逆立ちをしていたおじさん、
その腕をぐいと曲げての反動つけると、
そちらさんは木立の途切れかかる手前、木陰にいる坊やとわんこへぶつからぬよう、
それでもぽーいと鮮やかに、腕での跳躍するかの如く、
バネを活かして宙へと舞って見せ、

 「おおっ。」

お見事な着地に少年が思わずらしい拍手をしたほどで。

 「おっさん凄げぇっ。」
 「おうよ、俺はそこらのおっさんと一緒にされたかねぇ。」

ふふんと、胸と腹と尖った顎を反っくり返らせて見せてから、

 「つか、さっきから“おっさん、おっさん”と失礼だぞ、お前。」

こちらさんも、今頃になってそれかいという反応を見せ、
こぉいつぅ〜とでもしたかったものか、
ゴツイ手の先、骨太な人差し指にて、
少年の真ん丸なおでこをつつこうとしかかったところが、

 「…っ、待て待て待てぇ〜いっ!」
 「ちょっとあんた何者?」
 「そ、そそそそ、そっから動くな、不審人物めがっ!」

一体どこから沸いて出たものか。
手近な茂みや木立や、結構な距離があった隣の離宮のあるほうから、
だだだだだっと駆けて来た何人か。

  ―― そして真打ち

飾り物とは到底思えぬ、ぎらんと凶暴な光を帯びた大太刀引き抜き、
横殴りに繰り出したその切っ先を、正体不明の来訪者の鼻先へ、
あと数ミリという至近にまで繰り出しての突きつけていたのが、

 「ゾロ。ハンデの5分、もう過ぎたんか?」
 「メリーの方が間違いなく速ぇえのに、何で俺にハンデかけたんだ、お前。」

  何だと、ただでさえ方向音痴なのに鬼ごっこか、お前。
  そんなでボディガードの役目が果たせてるの?
  でも、ゾロってば、砂漠の目印ないトコで活動してたんだよな。
  星とか太陽とかあっから、電波時計さえありゃ、方向はいつでも測れんだよ。

後から駆けつけた皆々様が口々に勝手を言い合いあって、
これで皆様にも、此処が何処かはおろか、誰が誰かもお判りだろう。
大きなわんこに跨がって現れたのが、
此処、R王国翡翠の宮におわす、第二王子・モンキー=D=ルフィ殿下であり。
不審人物がそんな彼へと触れそうになったその途端、
どっから見ていたものなやら、
庭園の奥向きやそこかしこからすっ飛んで来たのが、
隋臣長殿と佑筆殿と、それからそれから車輛部のホープさんに、
王子専任護衛官というにぎやかな顔触れ。

 「俺は別にこいつの“遊び相手”じゃねぇんだよ。」
 「そんでも、傍から離れてちゃあ意味ねぇだろうが。」
 「メリーに敵う健脚はいねぇもんな♪」
 「お前もこういう無体な遊びをだな…。」
 「っていうか、このおじさんは誰?」
 「そうだそうだ、何でこんな奥向きに紛れ込んでやがる。」

内輪もめをしている場合じゃあないと、
こうまでわいのわいのと騒いでから気がついた彼らだったのは。
相変わらずな能天気さのせい…というよりも、

 「……あ、ああ。俺のことかよ。」

置いてけぼりになってた不審人物さんがまた、
大人しくというか唖然として、
彼らのやり取りを眺めていたからに他ならず。
殺気も悪意も滲んでなかったからこその、余裕の大騒ぎだったワケでもあって。

 「ウチの警備課の包囲網に引っ掛からずに、こんな奥向きに入り込めるとは。」
 「貴様、どこの組織のスパイだ。」
 「王子を攫いに来たのなら、もう失敗よ、諦めなさい。」

  「…………あのな。」

いきなり矢継ぎ早に聞かれてもと、
大きな手で額を押さえ、閉口気味になりつつも。
南国への観光客よろしく、派手なアロハシャツ姿のその男、
一堂に会した面々の中、ぐるりとその視線を巡らせて、

 「俺は、だ。
  この王宮に、練達の腕自慢がいると聞いてだな。
  そいつとの手合わせをしたくて押しかけただけだ。」

  …………はい?

南国の空に似合いの爽やかな潮風が、
周囲の木立の梢を揺さぶり、
遠いはずの海の潮騒を真似ての木葉摺れ、
さわさわ・ざざんと打ち鳴らす。
そんな どよもし聞いた間合いを通り抜けつつ、
おやおやと集まっていた面々が…王子も含めてキョトンとし、
それから“ああ”と合点がいって、一斉に見やったのが、
王子から無体な鬼ごっこを挑まれたらしい、方向音痴で緑頭の護衛官殿。
何せ、この王国の皇太子殿下が、
数々の危険へも斟酌なく踏み込む自分の、
手足となっての護衛を一任したいとスカウトして来た凄腕で。
紛争の絶え間ない砂漠地方の傭兵部隊に、生まれて育った生え抜きの戦士。
そんな男の噂を辿り、こうして出向いて来たというのなら、

 「くどいようだが、此処の王宮へこうまで入り込めた男だ。」
 「そうそう、結構な腕だと見たぞ。」
 「ルフィには関係ないワケね。危ないから、こっちいらっしゃい。」
 「やだ。そんな話なんなら、俺 見たい。」

……どうしてでしょうか。
これから恐らくは凄腕同士の一騎打ちが始まるのでしょうに、
緊張感ってものがして来ないのですが。
(う〜ん、う〜ん)

 「お前ら…つか、もしかしてお前が“砂漠の大剣豪”だっていうのか?」
 「そんな名前を名乗った覚えはねぇけどな。」

しゃこんと抜き放った大太刀もそのままに、
不敵な笑いようをする護衛官殿であり。

 「……へぇえ〜。」

そうかいそうかいと、切れ長の目許をやや伏せがちにし、
見据える態度もなかなかの威容。
相手を瀬踏みするかのような表情のまま、
随分と大ぶりの両手を、胸の前にて揉み込み合わせ。
そちらさんは素手で来るものか、
軸足を半歩ほど引いての腰を屈めると。
それが得物となるのだろ、
拳を胸元へ引きつけ、脇を締め。
くっと、一瞬、気配や気概が静まり。そして………





 「…だ〜か〜ら。何だよ、この犬はよ。」
 「メリーは好き嫌いが激しくてな。
  大好きな相手へは、とことん無茶苦茶 際限なく甘えんだ♪」

今しも真剣本気の拳と剣とが、
激突し合わんとしかかったその間合いへ。
ウヲンッと割り込んだ大きな陰があり。
剛そうな拳が繰り出されたの、大きな前足でいともたやすく叩き伏せると、
地面へ伏した異邦人さんへ、
巨体でのしかかってのわしわしと、
腹で踏みつけるという無体をしやった大きなわんこ。

 「きっとあれだ、ゾロに斬られっちまうの、防ぎたかったんじゃね?」
 「……………うぉい。」

それって何か? 俺のほうが負けちまいそうに見えたってことかよ。
さあ、俺はメリーの言葉までは判らんからな…と。
お気楽な言いようをした少年が、
実はこの王宮の最も大切に護られている王子様だと彼が知るのは、
もちょっと後の話であり、

 「それよかさ、おっさん、面白れぇから気に入った。」
 「あ"?」
 「此処に居着かねぇか?」

  ルフィ、せめて“此処で働かないか?”だろうよ。
  やだ、こんな得体の知れない親父を置くの?
  メリーとルフィが懐いてるんなら、まま悪い奴じゃあないんでしょうし。
  相変わらず、よく判らん基準だよな。お前の博愛主義もそれが物差しか?
  放っとけよっ。

またぞろ、勝手にわいわいと騒ぎ立て始めた関係者一同が、
実はこの王宮の中でも、なかなかに凄腕のクチとして数え上げられているほど、
そりゃあ優秀なブレインたちなのだと知らされるのも、
もちょっと後の話であり。


  「で? おっさん、何て名前なんだ?」
  「あ? ああ、俺はカティ=フラン。フランキーでいい。」


こうまで後になって名前を訊かれ、
いちいち順不同の支離滅裂な奴らであること思い知らされた彼は だが、
腕試しのつもりがお抱えにされた自分の身の上へ気づくのに、
この後 数カ月を要すのだった。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.04.22.


  *なんやこれな話ですいません。
   外部の人から見た王宮の奇異さ…とでも申しましょうか。
   きっと、人の話を聞かないマイペースな彼らは、
   こんな風に、仲がいいんだか悪いんだかというごちゃごちゃを、
   毎日の常時 繰り広げているのだろなと思いまして。
   これでやっとフランキーさんも加わることとなりました翡翠宮ですが、
   一体どうなることなやらですな。
(苦笑)

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